Chemchem ya Amani TANZANIA

 

子ども達のその後?

 1ヶ月ぶりにモシに戻り、子供たちの状況がだいぶ変わっていました。
 まず、Rashidiの家に残っていた2人、バラカとバカリの近況について報告したいと思います。

 モシを去ってしばらくして連絡を受けたのですが、ずっと来タンを待っていた彼らの支援者である女性たちが、タンザニアに来られなくなったとのことでした。そしてさらに彼女たちはRashidiの家の活動をストップすると聞かされました。というのも、10人の子供達で始めた活動であったにも関わらず、半年で10人の内残ったのはバラカたった1人になってしまったからでしょう。(バカリは5月に私たちのお願いでRashidiに受け入れてもらった子です。)1人のために大きな家を借り続けるのは意味がないと思うのも仕方ありません。
 彼女たちはバラカを全寮制の学校へ通わせる支援をするという約束をし、それ以上の活動の継続を中止したそうです。
 バカリに関しては彼女たちは実際に会っていない、と言うことで、支援は出来ないと言われたそうです。

 7月いっぱいで家の契約が切れるので、Rashidiと子供たちは家を出なくては行けませんでしたが、彼女たちから連絡は来ませんでした。学費が振り込まれていないのでバラカを学校に入れることも出来ず、仕方なくバラカは町のおじさんの家へ返し、バカリは郊外のPasuaという地域に住むおじいちゃんとおばあちゃんの家に話をして引き取ってもらったそうです。

 ここまでが私がいない間の経過です。

 一昨日、8日にバカリの家は近いということでさっそく会いに行ってきました。バカリは私が関わった子でもありますし、引取先の状況によっては、私が引き取る事も考えていました。というのも、バカリをおじいちゃんの家に連れて行ったとき、「おじいちゃんが怖い」と門の前まで来てためらったと聞いていたので、ひどい扱いでも受けていたのかもしれないと思ったからです。
 
 おじいちゃんの家は、貸部屋で、立派とは言えませんが平均的なおうちでした。おじいちゃん、おばあちゃんと言っても二人ともまだ若く健康でした。おじいちゃんは警備会社に勤めており収入もあります。そして何より、教育熱心で人柄が悪いようには感じませんでした。二人はバカリがお父さんの家を出てからしばらくバカリを引き取り一緒に暮らしていたそうです。おばあちゃんは学校に行かなかったり、学校から逃げ出すバカリを毎朝学校まで連れて行っていたと話していました。

 おじいちゃんの家に来て1週間、バカリは問題なく暮らしていると話していました。バカリとも話をしましたが、今はおじいちゃんが怖くないと言っていましたし、問題なく暮らしてる、と言っていました。私は子供は施設で暮らすよりも、養育者との家庭の中で生活していく方が良いと思っています。家庭の中で学ぶことはたくさんありますし、小さな家庭の中では、子供への目も行き届きます。そして彼らが大きくなり自分の家庭を持つときの見本となると思うのです。その家庭がない子は問題なのですが、バカリの場合、おじいちゃんという親戚がおり、また逃げ出す可能性はありますが、私が引き取るよりも、ここで育つ方が彼のためになると思いました。

 私たちはしばらく様子を見ることにしました。バカリは「学校に行く」と言ったので、おじいちゃんが近くの学校に入れるか聞いてくると約束してくれました。その後バカリがどうしているか、しばしば様子を見に来る約束をして別れました。

 バラカはEvanceの家にしばしば遊びに来るそうなので、その時話をしたいと思っていますが、まだ会えていません。バラカの入る学校はすでに Rashidiが探していて、後は支援者からの学校への入金を待つだけだそうですので、私ができることはその後どうしているか様子を見ることくらいでしょう。
 
 バラカとバカリ、二人の状況は一変しましたが、悪い状況ではないように今は思います。彼らについては帰国まで、見守っていきたいと思っています。

  • posted by naomaru さん
  • 2008-8-12 23:46
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